お稽古の時間に学ぶこと
8年前、体験茶会をきっかけに入門された70代のご婦人 石井さんは、今ではいつも着物をお召しになって、お茶のお稽古に来られています。
入門される時に、なぜ、茶道を習おうと思われたかを聞かせていただきました。
一年の半分以上は英国ケンブリッジで生活をされ、自宅近くのイタリア人男性の裏千家茶道教授者から茶道を教えて頂いていると仰いました。
一年の内の数か月は仕事の関係で日本に帰国され、その間にお稽古したことを忘れてしまうことがこれまで何度もあったようですね。ケンブリッジの先生から帰国した際も茶道の稽古が続けられる環境を持つように言われ、体験茶会に参加されたのです。
石井さんの熱心さ、ケンブリッジの先生のお気持ちを充分に受け取れることで、ご縁が始まりました。
お稽古を重ねられ、数年経った時に、ゆっくりお話しする機会がありました。
石井さんは、シェークスピアを研究され劇場での演劇にも専門の学者でいらっしゃるので、小さな空間である茶室で繰り広げられる茶道に対しての視点が、私には大変新鮮に感じることが多くありました。
また、石井さんの独特の気づかいから、幼い頃に、茶道に触れておられたのではないかと思う事がありました。
会話の中で、その理由が漸くわかる事がありました。
それは、石井さんのお母様は多くのお弟子さんをご指導される地方のお茶の先生でいらしたようです。よくある話ですが、お母様が熱心なあまりに、お子さんはその反動で茶道を遠ざけるようになるケースがありますね。石井さんもそのお一人で、若い時に英国に渡られ、日本文化とは程遠い生活をされておられたのです。
しかし、石井さんご自身もお子様を育て、ある年齢になった時、亡くなられたお母様に対して「悪かったな~」という思いが込み上げて来られ、お母様の残した着物を着る事、ケンブリッジの自宅の近所で裏千家茶道の稽古場を探して、お茶を暮らしに取り入れる生活が始まったと伺ったとき、ここ数年の石井さんの様子が私の中で、一つになったのです。
お母様のご姉妹たちは「あんなにいい先生がそばに居たのに、外国人にお茶を習って~」と嫌みのような嬉しいような事を言われたと微笑んで教えてくださいました。
また、「こうやって着物を着て、お茶のお稽古をしている時間は母への供養になっています」とも仰っておられますね。
ある時、石井さんのお母様が万年筆でお点前を書き留めたノートを見せてくださいました。
「先生に習うまでは、ここに書いてあることの意味が全く分かりませんでしたが、一点前するとお点前がイメージされて読み進めることが出来ます。自宅で、一人でお稽古も出来ます。また、母が書いている事と先生がおっしゃる事が同じで、これが型を伝承することだと身をもって感じています」と話してくださいました。
お母様が書かれたノートの行間には、実際お点前をした人でないとわからない動きがあります。そこを石井さんがいくつも汲み取っていかれる姿を拝見してきました。
私も大正生まれの先生に習っていたので、点前はその場で覚え自分で点前のノートを作ってきました。ノートはなぐり書きでも、とりあえず今覚えていることを書き込み、何度も稽古しながらノートを育ててきました。私は今でもこのやり方ですね。
現在は、流儀が発行しているお点前の本や多くの方が発信されている動画などのお陰で、お点前の順番を学ぶには十分すぎる環境が整っています。それらを活用しながらも稽古場に身を置き、体を動かし繰り返し身に付けていく重要性を改めて思うことがありますね。
「お稽古を通して何を学んでいるのか」
石井さんは、お母様の大切にされていた茶道具を風呂敷に包んで稽古場に持って来られ、そのお道具をお使いになることもあります。そのお姿は、お母さまの愛情をしっかり抱えていらっしゃるようで、お稽古中もお母様もご一緒にお稽古をしているように感じています。
令和6年 和暦葉月